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世界から"安くて美味しい"が消えていく(148)

  • 執筆者の写真: K
    K
  • 2023年7月10日
  • 読了時間: 3分

家族全員バルセロナが大好きなので、

ヨーロッパ方面へ旅行へ行くとなると、必ずちょこっとバルセロナを入れるし、

なんなら長期でバルセロナに滞在し、住んでいるかのように暮らしたことも何度もある。



中でも、朝早めから市場に行くのが好きで、

市場に行ってはその日の食材を買ったり、

または朝から開いてるカウンター式の市場内バルみたいなところで、

新鮮な魚や貝やエビを焼いてもらいながら、

グラスでCAVAを飲んだり、

なんせバルセロナにいる間中、朝は市場からスタートしていたものだ。



当時はまだ、

バルセロナでいちばん有名な市場である、ボケリア市場(ラ・ランブラ沿い)も、

安くて美味しいものの宝庫で、

生ハムを買ってそれをつまみながら、

ブラブラと食材を探すのが楽しくて仕方がなかった。


でもいつぞやからか、

ボケリア市場は観光客でごった返すようになってきた。

カウンター式のバルには行列ができてしまっているし、

人がとにかく多くて、楽しんで買い物する雰囲気ではなくなってしまったので、

一時を境に、まったく行かなくなってしまったのだ。


今となっては、もう、完全に観光客用の市場というか観光地になっていて、

地元の人は寄り付かないし、値段も観光客用のぼったくり価格になってしまったし、

なにより、売っているものも、観光客がその場で食べ歩ける用の商品だらけになって、

何も魅力がない残念な場所になってしまって悲しい。




ということで、

バルセロナで市場に行く、となると、

旧市街にあるサンタ・カタリーナ市場にしか行かなくなった。

ここはまだ地元の人も多く、観光客に侵食されきってはいない。

昔ながらの、魚屋さん、お肉屋さん、などが並んでいて、安くて美味しい。

また、昔ながらの家族経営のバルも最高に安ウマだ。


大好きなBar Joan。

30代の頃は朝から浴びるほどここでCAVAを飲んでいた。

いまでもバルセロナに寄ると必ず一度は朝食に行ってしまう店だ。

やっぱ市場はこうでないと。




同じことを、コロナ禍明けに大阪に入ったときに感じた。

例えば、大阪の食を支えてきた、黒門市場。

学生時代、アルバイトをしていたこともあるので、

馴染みが深い市場で、昔は地元の人であふれかえり、

特に年末などは歩けないほどの地元の買い物客で賑わい倒していたものだ。

安くて美味しいものが、何でも揃う。

そういう楽しい楽しい場所だったものだ。


ところが。

コロナ禍明けに黒門市場に行ってみると、

そこはもうただの観光地になっていた。

売っている物の値段は恐ろしく高くてもうぼったくり価格と言っても良いだろう。

しかも、売っている商品は、食べ歩き可能な牛串とかエビ串とか、

ホタテを焼きました、サザエを焼きました、みたいなものばかり。

椅子とテーブルを並べてその場で食べれます仕様になっている店多数だ。

ツアーガイドが多くの観光客を引き連れて歩いている。

もうこうなっては地元の人が寄り付かない、ただの観光地だ。

(もっとも、こうなる前から大手スーパーにやられて客足が遠のいていたのは当たり前だが。)

いまや、黒門市場は何の魅力もない残念な場所になってしまって悲しい。





同じことを築地でも感じたし、京都錦市場商店街でも感じたし、

金沢の近江町市場でも感じた。

きっと日本全国観光地の市場はどこも同じだろう。


これぞ、オーバーツーリズムの弊害の最たるところだろう。

食べ物が安くて美味しい国・都市に、

物価の高い国・都市の人たちが観光に訪れる。なだれ込む。


すると多少値段を上げても観光客が買っていくので、

あっちの店が値段を上げ始め、こっちの店もそれに乗っかって値を揃えてくる。

それがどんどんエスカレートし、地元の人は寄り付かないエリアとなり、

より一層歪んでいく。


オーバーツーリズムによって、安くて美味しいが消えていってるのだ。


大好きなバルセロナの日の出。約10年前の写真。






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自分にも40歳がやってきた。

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