人生は運次第(099)
- K
- 2021年7月25日
- 読了時間: 2分
更新日:2024年6月8日
結論から言うと、
人生の大半は、正直、運という要素に大きく左右される、と思っている。
努力の大きさとかよりも遥かに運のほうが影響力は大きいと感じるのだ。
なぜなのか。
先日、ツイッターでとある投稿を目にした。
何かを成し遂げて、成功を収めた人がつぶやいた一言。
「僕はたまたま自分の好きなコトと時代の流れ、発信するプラットフォームが上手いこと当てはまり、
そして身近にいる友だちや家族に助けられた運の良い人間。ただそれだけ」
自分は運が良かっただけ。
こういう事を言う人はたまにいるが、実に共感できる。
それと反対側にいる意見は、
「努力に努力を重ねて、今の成功を勝ち取ったんだ、
だからキミも努力すれば成功できるよ、苦労は買ってでもしなさい。」
というものだろう。
実に共感できない。
もちろん人によっては、そのとおりな人もいるんだろうけども、
それでも運要素は結構大きかったはずだからだ。
まず、努力できる環境があった、という運の良さから始まるわけなので、
努力すれば成功できる、なんてことは言えないと思う。
そもそも、努力をするということは前提であって、それはみんなやってることだから、
そこで巨大な差をつけることはなかなかに難しい。
努力をした上で、そこに、
時代の流れが来た、もしくは、
欲しい人材に出会った、もしくは、
インフルエンサーに紹介してもらえた、などなど、
とても自分の力ではない、不思議な力が働いて、一気に飛躍する。
その不思議な力を、世間では、「運」と呼ぶのだと思う。
だから、努力が続かない自分を嘆く必要もないし、
なんか適当にやってる友達が人生楽勝な感じなのを見て嘆く必要もない。
努力が唯一成功に紐付いている、なんてことはないのだから。
いろんな変数が周りにあって、運という理不尽な変数まで絡んでくる。
努力したってうまく行かないこともある。
そう考えれば、肩の力も抜けるし、
思い詰めることもない。
特に今みたいな変化のスピードが速すぎる時代に生きるわけだから、
ひとつのことに努力をしつづけるというよりは、
割と飽き性なほうが、うまくいくような気がする。
なんでもやってみて、面白くなかったら、次。
うまく行かなかったら、次。
次、次。
こういう人のほうが時代にはあってるんだろうなと思う。
ということで、人生は運次第。
