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シンガポール移住当初は圧倒的に無謀だった(180)

  • 執筆者の写真: K
    K
  • 2 日前
  • 読了時間: 3分


もうすぐ丸16年やな、などと妻と話してて。


実際、シンガポールに家族で上陸したのはいつやったかな?と思い、


クラウドにあるその時期の写真を見ていた。



2歳になったばかりの長男を横に座らせてる飛行機内の写真。


0歳(生後半年)の次男を抱っこしながら斜め前の席に座っている妻の写真。


あらかじめ契約していたコンドミニアムについて、一旦プレイグラウンドの乗り物にまたがる長男。


抱かれて疲れてぐったり寝ている次男。


何も私物がないしシーツがなく剥き出しのベッドルーム。



一ヶ月ほど経った頃には、


なんとか生活感出てる部屋。


幼稚園の制服を着てる長男。


家の床に転がってる次男。


週末のセントーサのビーチで海に走ってく。。。





今考えたら、


我々家族でのシンガポール移住は、圧倒的に無謀!


無謀、無謀、無謀。


誰も英語さっぱり話せない。


日本の、関西しか知らない。海外なんて住んだことない。


次男はまだ乳飲み子。


なのになんの準備もない。


全て現地調達する気で荷物もほとんどない。


持ってるのは着替え数枚。


駐在でもなんでもない、会社作って起業なので、


シンガポールにつてもコネもない。





なんて無謀なんや。


今の自分なら、相席食堂の「ちょっと待て」してると思う。


なんでこんな無謀なことしてたんやろう、、、と妻に問うたら、


「若さやな」。



その通り。


海外移住なんてもんは、若さから来る勢いでしかない。


エイヤーっとやってしまわないとあかん。


ネチネチ計画立てて移住計画しようものなら、己の無謀さが顕になって、


多分5年は遅くなる。


いや、永遠に実現しないかもしれない。





シンガポール着てすぐに長男の幼稚園探しが始まってたが、


妻曰く、幼稚園でいろいろ説明してくれはるけど、


英語か何語かもわからんレベルで何いうてるか一ミリもわからんかった、と。


そりゃそうでしょう。


そんな状態で、2歳の長男は、


英語の幼稚園に単身通い始めるわけで。





勢いだけで無謀極まりないシンガポール移住だったけど、


写真をスクロールすると、


三ヶ月後には、ママ友が増え、


カタコトの英語なのに妻とめっちゃ仲良くしてくれるいろんな国籍のママたち。


いろんなレストランに長男次男連れて夜な夜な繰り出す我々。



半年後には幼稚園の発表会的なやつで友達とみんなで衣装着て、


歌って踊って劇みたいなことしてる長男。


裸にオムツ一丁で、家でスリッパかじってる次男。


そうこうする内に、1歳の誕生日を迎え、


妻の手作り特大ケーキをホールのまま好きにぐちゃぐちゃにして、


自身も家の床も生クリームまみれになってる次男。


お誕生日会に呼ばれて楽しそうな長男。



一年も経たない間に、


次男も歩くしガンガン海やプールに入るようになり、


シンガポール近隣諸国に次々家族旅行に繰り出す我々。


妻、長男、次男、それぞれがもうすっかりシンガポールに馴染んでいる。




そんなもんなんだなと。




よくSNS等でも、


「シンガポールに家族で移住します、何を持っていけばいいですか?」


みたいな質問があるけども、


なんもいらないですよ、実際は。


我々が移住した当初よりも、時代は大いに進んでまして、


現地調達でなんとでもなるし、最悪日本からの転送サービスもある。


「何が必要ですか!?」


と聞かれることもあるけども、


「勢い」ですよ。


圧倒的に無謀な、いきなりすぎるシンガポール移住だった我々家族が、


16年間もシンガポールで楽しく暮らしているのだから。


シンガポール移住
シンガポール移住当初ひたすら通っていたセントーサ島の今はなきバー「Bora Bora」。







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